安全にお使いいただくためのご注意。

これは昔、僕が邪悪な魔王を倒すため勇者として旅をしていたときの話です。

魔王討伐の朝、目覚まし時計をセットし忘れていた僕は、集合時間に遅れてしまいました。

「ちょっと勇者、また遅刻?」

現場に到着すると、血の滴るメイスを構えた僧侶に文句を言われました。
どうやら、僕を待っている間に魔物と戦闘があったようです。

「ごめんごめん、聖剣が見つからなくて。寝る前、玄関に置いておいたんだけどなあ」

理由を正直に伝えると、怒った僧侶が戦闘中に回復してくれないかもしれないので、僕は嘘を言いました。

「いつも言ってるでしょ。道具袋の中は整理整頓しとけって。次遅れたら王様に言うからね」

「分かってるって。気を付けるよ」

王様の名前を出すのは卑怯だなあ、と思いました。

「これで全員揃いましたね。それでは行きましょうか」

ノートパソコンをスリープモードに切り替えながら賢者が言いました。
おそらく、仮想通貨の売買をしていたのでしょう。
様々な副収入を得ている賢者は、お使いイベントに出てくる町の大富豪よりお金持ちでした。

「行くでゴワス」

食べかけの薬草を一気に飲み込んだあと、戦士は続いて毒消し草を食べ始めました。
肥満体の戦士は常に何か食べていないと動いてくれません。
薬草関連はいざというときないと困るから、食欲のために食べないでほしいなあと常々思っていました。

「よし! いこう! いこうぜ! みんな!」

勇者である僕の一声で、パーティーは魔王城へ乗り込みました。

魔王城攻略は想像を絶するムリゲーでした。
なんと魔王城には、宿屋も、回復ポイントも、セーブポイントすらなかったのです。

「ここはおいどんに任せて先にいくでゴワス!」

道中、戦士が漫画などで見かける例の場面を再現しました。
とても美しい自己犠牲の精神ですが、単純に歩くのを面倒がっていると僕には分かりました。
こういうとき、戦士という身分は気軽でいいなあとうらやましく思います。
しかし、非正規である戦士では将来不安で仕方ありません。
やはり、正規である勇者でないと親も安心してくれないですからね。

仲間の脱落もありましたが、僕たちはネットの攻略情報を頼りに、なんとか魔王のもとへ辿りつけました。

相対すると魔王はこう言いました。

「もし、わしの味方になれば世界の半分を勇者にやろう」

僕はノーと答えました。
当たり前です。
僕はみんなの笑顔と幸せのため長い旅をしてきました。
ここで魔王を倒すのが勇者の使命でしょうが!

「よろしい。ならば戦争だ」

なぜか急に少佐口調になった魔王との最終決戦が始まりました。

最終決戦は熾烈を極めました。
僕は勇者にもかかわらず戦闘の最初で死んでしまったので、僧侶に生き返らせてもらったときにはすでに終盤にさしかかっていました。

「今です勇者! あのアイテムを!」

賢者が偉そうに指示してきました。
ちなみのあのアイテムとは、HPの少なくなった魔王を封印することができる、『破邪の壺』のことです。

「うん、分かった!」

いくら金持ちでも999,999Gでカンストするクセに賢者はいつも偉そうだ、と不満を覚えましたが、魔王を封印するための呪文は賢者にしか唱えられません。
良い返事をしたあと、僕は道具袋を開きました。

(あれ? 『破邪の壺』がない。……あっ、そうだ!)

以前カジノでボロ負けしたとき、スロットのコイン代を捻出するため皆に内緒でよろず屋に売っていたことをすっかり忘れていました。

(クソっ! イベントアイテムなのに、なんで店で売れちゃうんだよ)

システムに文句を言っても世界は平和になりません。
すでにもう魔王は瀕死で、封印の準備は整っているのです。
なにか代わりになるものはないかと、僕は道具袋の中をひっくり返しました。

「えーっと、うーんと。賢者、これで何とかして!」

「へっ、なんですこれ?」

「USB」

それは、先日ネットで購入したUSBメモリでした。
大事なデータを入れたばかりだったので、肌身離さず持っていたのです。

「いや、そんなの無理でしょ!」

「大丈夫! まだ空き容量あるから!」

「そういう問題じゃないんです!」

僕たちは『いいえ』を選択する限りずっと同じテキストがループする選択肢のように言い争いを続けましたが、株の銘柄を少しでも早くチェックしたい賢者が先に折れました。

「どうなっても知りませんからね!」

賢者は魔王封印のための超高等呪文を詠唱し始めました。
賢者の魔力は言葉に変換され、無防備な魔王の聴覚を刺激します。
すると、魔王の脳内に侵入した呪文は内側から魔王を無力化し、聖なる器に封印することができるのです。

封印する直前、僕はUSBメモリの取扱説明書を見直しました。
安全に使うための注意事項の欄には、『水で濡らさないこと』、『子供のそばに置かないこと』、など書かれていましたが、『魔王を封印しないこと』とは書かれていませんでした。

イケる!

僕は確信を得ました。

『ウ、オ、オオ……』

魔王の体が霧となり、すごい勢いでUSBメモリに吸い込まれていきます。
勢いよく魔王を吸い込んでいくUSBメモリは、さながら吸引力の落ちない掃除機のようでした。

「これで……勝ったと思うなよ……。邪な……ものたちが存在する限り……、私は……何度でも蘇るのだ……」

安っぽい負け惜しみを言い終えると魔王はUSBメモリにスッポリ納まりました。
USBメモリの容量は4GBだったので、世界を恐怖に陥れた魔王は4GB以下の存在なのだと思いました。

「よし、みんな帰ろう!」

勝鬨を上げ、僕たちは旅立ちの村へ帰ることにしました。

「勇者どん、起きているでゴワスか」

スタッフロールの最中立ち寄った村で宿を取っていると、深夜に戦士がやってきました。

「あのう、例の、そのう、前言っていたことでゴワスが」

寝ている最中起こされたので何のことか思い出すのに時間がかかりましたが、夜に人目を忍んでやってくる戦士を見て分かりました。

「ああ、これでしょ」

僕は道具袋からUSBメモリを取り出して戦士に渡しました。
以前、戦士には僕の秘蔵ムフフデータを渡す約束をしており、僕はそのためにUSBデータを購入していたのです。

「もう寝ていい?」

USBメモリを渡すと僕はさっさとドアを閉めました。

「おお! 感謝します勇者さま!」

閉じるドアの隙間から、感激のあまりキャラ崩壊を起こしている戦士の姿が見えました。

翌朝、戦士の部屋から戦士の惨殺死体が見つかりました。

「勇者、これを見てください」

現場を検証し終わった賢者は、僕を部屋に入れると机の上にあったパソコンまで連れて行きました。

「これはUSB?」

パソコンには、昨晩僕が渡したUSBメモリが刺さっていました。

「ええ、そうです。どうやら戦士は、このUSBに封印されていた魔王のデータを解凍してしまったようなんです。どうしてこんな愚かなことを……。なにか、心あたりはありますか?」

「シラナイヨ」

戦士が死んでしまった責任を負いたくない僕は、当然なにも知らないふりをしました。

「そうですか。まあそれはいいでしょう。問題は、解凍される前、魔王がデータ化されていたということなんです。あの状態の魔王は、メールに添付されればどこでも行けることができるし、コピーすればいくらでも増えることができます。ひょっとしたら、戦士は殺される前にそういうことをしていたかもしれない」

「キットダイジョウブダヨ」

僕はこれ以上ないというくらい目を泳がせながら、旅立ちの村に帰ったあと幼馴染と結婚することを考えていました。

「そうですか……。そうですよね、ええ」

日経平均株価が気になる賢者は、そう言い残すと自分の部屋に戻っていきました。

その日以降、世界各地で、戦士と同じ惨殺死体が発見されるようになりました。

もし、世界中で何か良くないことが流行り始めたら、誰かが開いてはいけないファイルを開いてしまったのかもしれませんね。

投稿者: ちくわさん(三日坊主)

ちくわとして生を受け幾星霜。 そろそろ練り物でいることにも飽きたので別のモノに生まれ変わりたいです。

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